審判というもの

昨日の中日対阪神戦で、阪神ブラゼル選手が審判の判定に暴言を吐いて一発退場になったらしいです。
・・・わたしは中日ファンなので、それ以前に9回の岩瀬の失点が痛いとしか思ってませんが。

野球に限らず、スポーツ全般に審判というものは欠かせないものです。
また審判を人間がやっているからこそ起こり、時に暴動などにまで発展するのが「誤審」。

今年のワールドカップでも、明らかにオフサイドなのを審判が判定を取らずにゴールになってしまったり、明らかにゴールラインを越えているのにゴールにならなかったりと、様々な誤審が報道されました。

スポーツの試合において、対戦チーム同士は利害関係にあるからこそ、それを調停する役が必要なのは当然です。
ですがその調停は、100パーセント正しいとは言い切れない。

今年のワールドカップの際に話題になりましたが、前回大会では、ボールにチップを埋め込み、ゴールラインを割った場合にセンサーが反応するようなシステムが実際に使われていたそうです。
しかし誤作動が多発したために結局今回は使われなかったとか。ちょっと残念ですね。きちんと改良して使われていれば、オフサイドはともかく幻のゴールは発生していなかったでしょうに。

今年からプロ野球は、ホームランに関してビデオ判定を導入したみたいですね。実際に何本か判定が覆ったのがありました。
とってもいい試みだと思います。

それに比べるとサッカーはもう少し頑張った方がいいんじゃないかなぁ、と。その辺の草サッカー(というのかどうかは知りませんが)ならともかく、ワールドカップですからね。最新技術を使って、人の目だけに頼らない客観的な判定をできるようにしていってほしいですね。

・・・まぁ、世の中には「誤審も含めてスポーツなんだから審判に従えー」というような論調の方もいらっしゃいます。以前新聞で読んだコラムにもありました。
こういうのって、「より客観的な判断基準ができるならそれでいいに決まっている」ということをどのくらい考えて言っているのかと不思議に思ってしまいます。
ものごとが変わっていく原動力は、結局は「現状を変えたい」という意識だと思います。となればやはり、「今のやり方では誤審が発生してしまうから、より客観的な判定ができるようにしていこう」という意識が大切でしょう。
審判に抗議することをむやみに正当化するつもりはありませんが、少なくとも「誤審もスポーツの一部」「審判だってミスするんだから仕方ない」と開き直ってしまう態度だけは正当化したくありません。